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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)158号 判決 1998年6月30日

フランス国

75008 パリ、ブルヴァール オースマン、173

原告

トムソンーセエスエフ

代表者

アルレット ダナンシェール

訴訟代理人弁護士

山崎行造

伊藤嘉奈子

松波明博

日野修男

同弁理士

木村博

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官

伊佐山建志

指定代理人

横田芳信

井上雅夫

廣田米男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための付加期間を90日と定める。

事実

第1  原告が求める裁判

「特許庁が平成6年審判第9699号事件について平成7年1月27日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

第2  原告の主張

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和58年3月11日、名称を「可動プリエッチデータ媒体及びこのような媒体を用いる光学トラッキングデバイス」とする発明(後に「可動データ媒体及びこのような媒体を用いる光学的トラッキング装置」と補正。以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和58年特許願第41362号。1982年3月12日にフランス国においてした特許出願に基づく優先権を主張)をし、平成3年7月5日に出願公告(平成3年特許出願公告第44387号)がされたが、特許異議の申立てがあり、平成6年1月18日、特許異議の申立ては理由がある旨の決定とともに拒絶査定がされたので、同年6月17日に拒絶査定不服の審判を請求し、平成6年審判第9699号事件として審理された結果、平成7年1月27日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決を受け、同年3月6日にその謄本の送達を受けた。なお、原告のための出訴期間として90日が付加された。

2  本願発明の特許請求の範囲(1)(以下「本願第1発明」という。別紙図面A参照)

所定の配置にされたトラックに沿って、光学的に再生可能なデータを記録するべくされた少くとも一面を有する可動データ媒体であって、該可動データ媒体は、光学的トラッキング装置によって検出されるようにされた予記録ゾーンを備えており、該予記録ゾーンは、各トラックの中軸を示すと共に、該データを記録するようにされたゾーンを囲む、離散的なマークによって構成されている可動データ媒体において、各予記録ゾーンでの該離散的なマークは、少くとも、中軸に位置する1つかたかだか2つのマークと該中軸の一方の側へ偏倚したマークとから構成され、すべての該マークは同一の幅を有しており、各前記予記録ゾーンの偏倚したマークは最大で2つであり、前記偏倚したマークの1つは前記中軸の一方の側へ偏倚したマークであり、前記偏倚したマークの他方は前記中軸の他方の側へ偏倚したマークであることを特徴とする可動データ媒体

3  審決の理由

(1)本願第1発明の要旨は、その特許請求の範囲(1)に記載されている前項のとおりである。

(2)これに対して、昭和56年特許出願公開第37号公報(以下「引用例1」という。別紙図面B参照)には、以下の技術的事項が記載されている。

<1> 本発明は光ディスクメモリのトラッキング方式に係り、光ビデオディスクや光ディスクメモリ装置等に高密度に信号情報を記録あるいは前記装置より再生する時のランダムアクセストラッキング追加書(アドオン)を効率よく行い得るようにしたトラッキング方式に関するものである。

<2> トラッキング信号をプレウオッブリング信号としてあらかじめ記録しておき、プレウオッブリング信号実現手段として、トラックの追跡進行方向の右側にズラしたトラッキング信号と、前記トラックの右に位置するトラックの左側にズラしたトラッキング信号を同一の信号で共有し、該トラックの左側にズラしたトラッキング信号と該トラックの左側に位置するトラックの右側にズラしたトラッキング信号とを共有するようにした光ディスクメモリの光学的トラッキング方式。

<3> 一つのトラックをN分割して前記トラックをN個のセクタで構成し、前記セクタの所定の箇所にプレウオッブリング方式のトラッキング信号を一定の長さだけ記録し、信号を記録するトラックの左右(隣接する他のトラック間)にトラッキング信号を隣接トラックのトラッキング信号とを共有するようにし、このようにして付したトラッキング信号を抽出するに当たり、サンプリング回路及びサンプルホールド回路と差動アンプ等からなる高利得の抽出回路をもってトラッキング信号を抽出するようにしたものである。

<4> 第3図には、i-1番目のセクタ23とi+1番目のセクタ25の間にあるi番目セクタ内には、あらかじめ記録されたトラッキング情報210、アドレス情報211、第1の制御情報212、第2の制御情報214及びこれらの情報区域を区別するため、必要に応じて付加される無信号区間(ギャップ)215と、使用者が信号(データ)の記録再生に使用する信号情報区域213とから構成される。ここで、トラッキング情報は各セクタに必ずあらかじめ付加されるが、アドレス情報211、第1の制御情報212及び第2の制御情報214は必要に応じて付加される。<5> 目的のトラックを精度よくトラッキングするためには、そのトラックに信号情報が記録されているか否かに無関係に既に記録されている各セクタのトラッキング情報210を抽出して、追跡すればよい。信号情報の記録時にはトラッキング信号を追跡しながらアドレス情報を読み取り目的のアドレスを自由に検索し必要に応じてこのトラックの記録情報区域213に信号情報を記録する。

<6> 第4図(a)及び(b)には、第k-1番目のトラック30、第k番目のトラック31及び第k+1番目のトラック32と各トラック間隔をyμm37として、トラッキング情報210は、k番目トラック31のトラッキング信号読み出しスポット進行方向310の左右にそれぞれ1個以上記録されており、このトラッキング情報のピット間隔y38も前述のトラック間隔yに等しいこと、したがって、トラッキング情報ビット210はトラック間隔と等しい間隔で各セクタ23~25…のトラッキング情報エリア210にディスクリートにあらかじめ記録されている。左、右のトラッキング信号ピット34、35の1つのセクタ内の数に、第4図(a)、(b)では左側に1個の場合を示しているが、必要に応じて、同一個あるいは左右の両側に複数個のこともある。なお、図中33はアドレス制御データエリアで、36hデータ信号ピットである。

すなわち、引用例1の第4図(a)及び(b)には、複数個のトラッキング信号34、35を各トラックの左右に、及びアドレス情報211(アドレスデータ38の複数個のピット36)を各トラックの中軸にあらかじめ記録しておき、各トラッキング信号は同一の幅間隔で設けられ、各アドレスデータのピット幅も同一であることが示唆されている。

また、昭和50年特許出願公開第46429号公報(以下「引用例2」という。別紙図面C参照)には、ディスク等の運動媒体への情報の記録・再生装置に関し、該運動媒体のトラックを正確に追従するためのトラッキング信号を各トラックの一部分に各トラックの中心から両側にずれた位置に記録せしめ、再生手段とトラックとのずれに応じたトラッキング信号を発生せしめ前記再生手段とトラックとの位置関係を一定ならしめる、運動媒体への情報の記録・再生装置であって、第5図には、トラック101には映像信号部分2011、2012……等以外に、トラッキング信号3011、3012……が記録されており、このトラッキング信号は3001、3002のごとく、2つの部分からなり、かつ、これらはトラックの中心からトラック幅の半分だけずれており、光ビームがこのトラックの中心に位置すると、この二つのトラッキング信号部分3001、3002からの出力は同一となるが、光ビームがどちらかに偏位すると、それだけ片方が他方に比べて大きくなるようにすることができる、すなわち、トラッキング信号部分3001と3002とはトラックの中心に対して対称な同一大きさであって、該トラッキング信号部分の幅は、映像信号部分2011、2012の幅と同一であること、及び、第12図には、映像信号部分2011、2012……の間に同期信号部分4011、4012を設け、この後にトラッキング信号部分3011、3012などを設け、前記同期信号部分4011、4012はデータ区域の映像信号部分のトラック幅と同一であり、結局、信号データ以外のあらかじめ記録されている制御信号である同期信号部分がトラックの中軸に記録され、該同期信号の後に該トラックの中軸の両側に、該同期信号部分と同一の幅のトラッキング信号部分があらかじめ記録されていることが記載されている。

(3)対比

本願第1発明と引用例1記載の発明とを対比すると、本願第1発明の「可動データ媒体」、「データを記録するようにされたゾーン、すなわち、信号情報区域を囲むように、あらかじめ記録されるゾーンでの偏倚した最大2つの離散的マーク」、「中軸に位置する離散的マーク」は、それぞれ、引用例1記載の発明における「光ディスクメモリ」、「トラッキング情報部分34、35」、「アドレス制御データの複数個のピット36」に相当する。

したがって、両者は、所定の配置にされたトラックに沿って、光学的に再生可能なデータを記録するべくされた少なくとも一面を有する可動データ媒体であって、該可動データ媒体は、光学的トラッキング装置によって検出するようにされた予記録ゾーンを備えており、該予記録ゾーンは、各トラックの中軸を示すと共に、該データを記録するようにされたゾーンを囲む、離散的なマークによって構成されている可動データ媒体において、各予記録ゾーンでの該離散的なマークは、少なくとも、中軸に位置するマークと該中軸の一方の側へ偏倚したマークとから構成され、各前記予記録ゾーンの偏倚したマークは最大で2つであり、前記偏倚したマークの1つは前記中軸の一方の側へ偏倚したマークであり、前記偏倚したマークの他方は前記中軸の他方の側へ偏倚したマークであることを特徴とする可動データ媒体である点において一致する。

しかしながら、本願第1発明では、すべての離散的マークは同一の幅を有しているのに対し、引用例1記載の発明では、中軸に位置する制御情報の離散的マークとトラックの左右の両側に偏倚したトラッキング信号の離散的マークが同一の幅を有していることは特に記載されていない点(以下「相違点<1>」という。)、及び、本願第1発明では、中軸に位置する離散的マークが1つかたかだか2つであるのに対し、引用例1記載の発明では、複数個である点(以下「相違点<2>」という。)において両者は相違する。

(4)判断

<1> 相違点<1>について

データを記録再生し得る運動媒体において、各トラックの左右両側に位置するトラッキング信号部分の離散的マークと、トラックの中軸に位置する制御情報である同期信号部分の離散的マークを同一の幅とすることは、引用例2に記載されているように公知である。したがって、引用例1記載の発明において、中軸に位置する制御情報の離散的マークの幅をトラッキング信号である偏倚したマークと同一の幅とすることは、単なる設計的事項にすぎない。

<2> 制御情報である同期信号部分の1つのマークと後続するトラッキング信号部分の2つの偏倚した離散的マークを設けることも、引用例2に記載されているように公知である。したがって、本願第1発明のように、特に中軸に位置する離散的マークを1つかたかだか2つとすることは、格別の技術的意義を有するものとは認められない。

<3> そして、本願第1発明がその要旨とする構成を採ることにより格別の効果を奏するものとも認められない。

(5)したがって、本願第1発明は、引用例1及び引用例2記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により、特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

審決は、一致点の認定及び相違点の認定判断をいずれも誤った結果、本願発明の進歩性を否定したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)一致点の認定の誤り

a 審決は、本願第1発明の「中軸に位置する離散的マーク」は引用例1記載の発明における「アドレス制御データの複数個のピット36」に相当するとしたうえ、本願第1発明と引用例1記載の発明は「各予記録ゾーンでの該離散的マークは、少なくとも、中軸に位置するマーク(中略)から構成され」る点において一致する旨認定している。

しかしながら、本願第1発明の「中軸に位置する離散的マーク」は、あらかじめ記録されており、トラッキング装置によって検出されてトラッキングのために使用されるものであるのに対し、引用例1記載の発明の「ピット36」は「データ信号ピット」であって(4頁左上欄7行、8行)、あらかじめ記録されているものではなく、トラッキング装置によって検出されてトラッキングのために使用されるものでもない(引用例1記載の発明におけるトラッキングは、トラッキング情報エリア210に記録されているピット34、35のみに基づいて行われている。)。したがって、一致点に係る審決の上記認定は誤りである。

この点について、被告は、本願第1発明の特許請求の範囲には「中軸に位置するマーク」が「トラッキング装置によって検出されてトラッキングのために使用される」ことは記載されていない旨主張する。

しかしながら、本願第1発明の特許請求の範囲に「光学的トラッキング装置によって検出されるようにされた予記録ゾーン」と記載されている以上、その予記録ゾーンを構成する「中軸に位置するマーク」が「トラッキング装置によって検出されてトラッキングのために使用される」ことは明らかであるから、被告の上記主張は失当である。

b また、審決は、本願第1発明と引用例1記載の発明は「予記録ゾーンの偏倚したマークは最大で2つであ」る点において一致する旨認定している。

しかしながら、引用例1記載の発明においては、偏倚したマークの数に上限はないから、審決の上記認定も誤りである。

この点について、被告は、引用例1記載の発明においても、トラッキング信号が2つあればトラッキング制御が可能であることは明らかである旨主張するが、根拠がない。

(2)相違点の認定判断の誤り

a 相違点<1>について

審決は、引用例2の第5図には「トラッキング信号部分3001と3002はトラックの中心に対して対称な同一大きさであって、該トラッキング信号部分の幅は、映像信号部分2011、2012の幅と同一であること」が記載され、第12図には「同期信号部分と同一の幅のトラッキング信号部分があらかじめ記録されていること」が記載されていると認定したうえ、「データを記録再生し得る運動媒体において、各トラックの左右両側に位置する、トラッキング信号部分の離散的マークと、トラックの中軸に位置する、制御情報である同期信号部分の離散的マークを同一の幅とすることは、引用例2により公知である」旨判断している。

しかしながら、引用例2には審決の上記認定に沿う記載は存在しない。そして、引用例2記載の発明の願書添付の図面は明細書の記載内容を理解するための補助的なものにすぎず、寸法等が正確に記載されている保証はないから、引用例2の第5図、第12図のみを論拠とする審決の上記認定は誤りであり、したがって、そのように誤った認定を前提としてされた「引用例1において、中軸に位置する制御情報の離散的マークの幅をトラッキング信号である偏倚したマークと同一の幅とすることは、単なる設計的事項にすぎ」ない旨の判断も誤りである。

この点について、被告は、映像信号とトラッキング信号を異なる幅にすべき特別の理由はないから、映像信号とトラッキング信号を同一の幅にすることは極めて自然である旨主張する。

しかしながら、現に、引用例1の第4図(a)にはデータ信号ピット36のほぼ2倍の幅を有するトラッキング信号ピット34、35が図示され、また、引用例2の第16、17図にもトラック101等とトラッキング信号30011等が明らかに異なる幅を有することが図示されているように、映像信号とトラッキング信号を同一の幅にすることが極めて自然であるということはできないから、被告の上記主張は失当である。

b 相違点<2>について

審決は、「中軸に位置する離散的マークを1つかたかだか2つとすることは格別の技術的意義を有するものとは認められない」旨判断している。

しかしながら、本願第1発明において中軸に位置する離散的マークを「1つかたかだか2つ」とする構成は、すべての離散的マークを同一の幅とし、かつ、偏倚したマークを最大で2つとする要件と相俟って、記録密度を高めてデータ媒体自体を小形化できるとともに、マークを記録する際にレーザ光あるいは光学機器の調整を行わずに済むという効果をもたらすのであるから、審決の上記判断は誤りである。

この点について、被告は、中軸に位置する離散的マークを1つとすることが引用例2に記載されている以上、原告主張の効果は引用例2記載の発明によっても得られる旨主張するが、引用例2記載の発明における中軸に位置する離散的マーク、すなわち4011、4012はトラッキング信号ではなく、「同期信号」であるから、被告の上記主張は失当である。

また、被告は、本願第1発明が要旨とする構成によってはマークを記録する際にレーザ光あるいは光学機器の調整を行わずに済むという効果を得ることはできない旨主張するが、この効果は、本願第1発明が要旨とする構成から一義的に導き出される効果であって、被告の上記主張も失当である。

第3  被告の主張

原告の主張1ないし3は認めるが、4(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。

1  一致点の認定について

(1)原告は、本願第1発明の「中軸に位置する離散的マーク」は、あらかじめ記録されており、トラッキング装置によって検出されてトラッキングのために使用されるものであるのに対し、引用例1記載の発明の「ピット36」は「データ信号ピット」であって、あらかじめ記録されているものではなく、トラッキング装置によって検出されてトラッキングのために使用されるものでもないから、一致点に係る審決の認定は誤りである旨主張する。

しかしながら、本願第1発明の特許請求の範囲には、「中軸に位置するマーク」が「トラッキング装置によって検出されてトラッキングのために使用される」ことは記載されていないから、原告の上記主張は発明の要旨に基づかないものであって、失当である。

(2)また、原告は、審決は本願第1発明と引用例1記載の発明は「予記録ゾーンでの偏倚したマークは最大で2つであ」る点において一致する旨認定しているが、引用例1記載の発明においては偏倚したマークの数に上限はないから、審決の上記認定も誤りである旨主張する。

しかしながら、データ媒体のトラッキング制御が読出しスポットの進行方向に対する左右への偏倚による光検出出力信号の差によって行われる以上、引用例1記載の発明においても、トラッキング信号が2つあればトラッキング制御が可能であることは明らかであるから、原告の上記主張も失当である。

2  相違点の認定判断について

(1)相違点<1>について

原告は、審決は引用例2の第5図、第12図に「トラッキング信号部分3001と3002はトラックの中心に対して対称な同一大きさであって、該トラッキング信号部分の幅は、映像信号部分2011、2012の幅と同一であること」、「同期信号部分と同一の幅のトラッキング信号部分があらかじめ記録されていること」が記載されていると認定したうえ、これを前提として相違点<1>の判断をしているが、引用例2の明細書には審決の上記認定に沿う記載は存しないし、願書添付の図面の寸法等が正確に記載されている保証はないから、引用例2の第5図、第12図のみを論拠とする審決の上記認定は誤りであり、したがって、そのように誤った認定を前提とする相違点<1>の判断も誤りである旨主張する。

しかしながら、引用例2記載の発明においては、1つのビームで映像信号2011、2012とトラッキング信号3001、3002とを検出するものであるが、情報の読取りにおいてビーム径とピット径をほぼ等しくすることは周知(乙第1号証の昭和56年特許出願公開第61046号公報参照)であるうえ、映像信号とトラッキング信号を異なる幅にすべき特別の理由もない。したがって、映像信号とトラッキング信号を同一の幅にすることは極めて自然な発想というべきであるから、相違点<1>に係る審決の認定判断に誤りはない。

(2)相違点<2>について

原告は、本願第1発明において中軸に位置する離散的マークを「1つかたかだか2つ」とする構成は、すべての離散的マークを同一の幅とし、かつ、偏倚したマークを最大で2つとする要件と相俟って、記録密度を高めてデータ媒体自体を小形化できるとともに、マークを記録する際にレーザ光あるいは光学機器の調整を行わずに済むという効果をもたらすのであるから、「中軸に位置する離散的マークを1つかたかだか2つとすることは格別の技術的意義を有するものとは認められない」とする審決の判断は誤りである旨主張する。

しかしながら、引用例2に、中軸に位置するマークを1つとすることが記載されている以上、原告が本願第1発明によって得られる旨主張する効果は引用例2記載の発明によっても得られるものである。なお、本願第1発明が要旨とする構成によっては、マークを記録する際にレーザ光あるいは光学機器の調整を行わずに済むという効果を得ることはできない。

理由

第1  原告の主張1(特許庁における手続の経緯)、2(本願第1発明の特許請求の範囲)、3(審決の理由)、引用例に審決認定の技術事項が記載されていること(ただし、事実欄第2の4(1)において原告が主張する点を除く。)、及び、本願第1発明と引用例記載の発明が審決認定の一致点と相違点を有することは、いずれも当事者間に争いがない。

第2  甲第2号証(願書添付の図面)、第5号証(平成4年9月17日付手続補正書添付の明細書)及び第6号証(平成6年7月18日付手続補正書)によれば、本願発明の概要は次のとおりである(別紙図面A参照)。

(1)技術的課題(目的)

本願発明は、光学的に再生(読取り)可能なデータが記録(書込み)されうるトラックを含む可動データ媒体、及び、このようなデータ媒体を用いてトラックを半径方向に追跡(トラッキング)するための光学的トラッキング装置に関するものである(明細書5頁6行ないし11行)。

従来から数多くの径方向トラッキング法が提案されているが(同5頁12行、13行)、例えば、データ処理の場合のように、ランダムにデータを書き込むことが所望される場合は、データが書き込まれる前に、トラックに前もって予記録(pre-recorded)を行うことが必要であって、通常は何らかの形でプリエッチ(pre-etching)を行っている(同7頁14行ないし8頁3行)。

この方法の主な欠点は、プリエッチ・データ・トラックのための追加トラックを必要とするので、最大の書込み密度が許容されないこと、及び、2つのビーム(プリエッチ・トラックの径方向追跡用と、書込みトラックの書込み・読取り用)を必要とすることである(同9頁8行ないし15行)。

本願発明は、従来技術の欠点を解消し、モノトラック・モノビーム・システムと両立する可動データ媒休の提供、及び、そのような媒体用の光学的トラッキング装置の提供を目的とするものである(同10頁8行ないし12行)。

(2)構成

上記の目的を達成するため、本願発明は、その特許請求の範囲記載の構成を採用したものである(平成6年7月18日付手続補正書2枚目2行ないし3枚目14行)。

(3)作用効果

本願発明によれば、モノトラック・システムであり、かつ、フラグ(マークの幅)が小部分を占有するにすぎないため、最大の記録密度を提供できる。また、モノビーム・システムであるため、単純性と価格の低減が同時に達成される。更に、フラグがすべて同一であるため、予記録の過程が簡単化され、かつ、トラッキングの確実性が高いとの作用効果を得ることができる(明細書34頁8行ないし15行)。

第3  そこで、原告主張の審決取消事由の当否を検討する。

1  一致点の認定について

(1)原告は、本願第1発明の「中軸に位置する離散的マーク」がトラッキング装置によって検出されてトラッキングのために使用されるものであるのに対し、引用例1記載の発明の「ピット36」は「データ信号ピット」であって、トラッキング装置によって検出されてトラッキングのために使用されるものではない旨主張するのに対し、被告は、本願第1発明の特許請求の範囲には「中軸に位置するマーク」が「トラッキング装置によって検出されてトラッキングのために使用される」ことは記載されていないから、原告の上記主張は発明の要旨に基づかないものである旨主張する。

検討すると、前掲甲第5号証によれば、本願明細書には、別紙図面AのFIG.6について、「中軸70の両側に偏倚されたセクションを含むフラグ71(径方向トラッキング・エラー信号を生起するのに用いる)に第2フラグ73(タイミング信号を生起するのに用いる)が連結されている。フラグ73は、他の記録即ち書込みデータに関し、選択的に識別可能にする特定のコードを表わすことが好ましい。」(24頁10行ないし17行)と記載されていることが認められる。すなわち、この実施例においては、「中軸に位置するマーク」である第2フラグ73の作用は「タイミング信号を生起する」等の「選択的に識別可能にする特定のコードを表わす」ことであるから、これがトラッキングのために使用されることはないと考えざるをえない。したがって、本願第1発明の特許請求の範囲における「光学的トラッキング装置によって検出されるようにされた予記録ゾーン」の記載は、予記録ゾーンのすべてが「光学的トラッキング装置によって検出されるようにされ」ている必要はなく、予記録ゾーンの一部が「光学的トラッキング装置によって検出されるようにされ」ておれば足りるものと解するのが相当である。

以上のとおりであって、本願第1発明の要件である「中軸に位置するマーク」は、「トラッキング装置によって検出されてトラッキングに使用される」ものに限定されないから、本願第1発明の「中軸に位置する離散的マーク」は引用例1記載の「アドレス制御データの複数個のピット36」に相当し、本願第1発明と引用例1記載の発明は「予記録ゾーンの該離散的マークは、少なくとも、中軸に位置するマーク(中略)から構成され」る点において一致するとした審決の認定に誤りはない。

(2)原告は、引用例1記載の発明においては偏倚したマークの数に上限はないから、本願第1発明と引用例1記載の発明は「予記録ゾーンでの偏倚したマークは最大で2つであ」る点において一致するとした審決の認定は誤りである旨主張する。

検討すると、甲第8号証によれば、引用例1には「第4図(a)に示すようにトラッキング信号の読出スポット313がトラック31の中心を通るときは、左側トラッキング信号ピット34による反射光も右側トラッキング信号ピット35による反射光も同じ光量となるためそのお互いの光量の差は“0”ボルトとなり」(4頁右上欄5行ないし10行)、「読出スポットが第4図(c)に示すようにトラック31の中心より左側にxμm311ずれると(中略)トラッキングミラー412を駆動し読出スポット313をトラック310の中心に行くように制御する。」(4頁右下欄4行ないし10行)、「第4図(d)に示すようにトラック31より一xμm312ズレ読出スポット313が右側トラッキング信号の中心321を通るときは(中略)誤差信号を検出出来る。」(4頁右下欄14行ないし18行)と記載されていることが認められる(別紙図面B参照)。これらの記載によれば、引用例1には、偏倚したトラッキングピットが2つあればトラッキング制御が可能であることが明らかにされているといえるから、本願第1発明と引用例1記載の発明は「予記録ゾーンの偏倚したマークの1つは最大で2つであ」る点において一致するとした審決の認定を誤りであるということはできない。

2  相違点の判断について

(1)相違点<1>について

原告は、引用例2の第5図、第12図のみを論拠として引用例2には「トラッキング信号部分3001と3002はトラックの中心に対して対称な同一大きさであって、該トラッキング信号部分の幅は、映像信号部分2011、2012の幅と同一であること」、「同期信号部分と同一の幅のトラッキング信号部分があらかじめ記録されていること」が記載されているとした審決の認定は誤りであり、したがって、これを前提とする相違点<1>に係る審決の判断は誤りである旨主張する。

検討すると、甲第9号証によれば、引用例2には、「光ビームが、このトラックの中心位置に位置すると、この二つのトラッキング信号部分3001、3002からの出力は同一となるが、光ビームがどちらかに偏位すると、それだけ片方が他方に比べて大きくなるようにすることができる。このことは第6図に模式的に示される。(a)、(b)はそれぞれトラッキング信号部分3001、3002からの出力とする。(A)では、光ビームがトラックの中心に位置するために両者の出力は等しく従って、その差信号は(c)に示されるごとくゼロである。今、光ビームが第5図で上側に偏位すると、(B)図に示されるごとく(a)の信号が(b)の信号より大きくなり、従って、この差はプラスとなる。一方逆に下側に光ビームがずれた場合は、(中略)この差はマイナスとなる。従って、この差信号より偏位の方向を知ることができる。この模様は第7図に示される。すなわち、光ビームのずれ量および方向に応じてトラッキングの誤差信号を得ることができる。」(2頁左下欄3行ないし右下欄4行)と記載され、別紙図面Cの第7図には、光ビームが偏位した場合のずれ量に対する誤差信号の大きさが図示されていることが認められる。そして、同図においては、光ビームが上側に偏位したときの誤差信号と下側に偏位したときの誤差信号が直線で示されているから、トラッキング信号部分はトラックの中心を境として対称に設けられていることが明らかであり、また、その直線は途中でとぎれていないから、トラッキング信号部分の間には光ビームを検出しない空白部分がなく、互いに接していることも明らかである。

そうすると、トラッキング信号部分はそれぞれの中心がトラックの端部上にあり、それぞれの端部がトラックの中心にあることになるから、その幅はトラックの幅と等しいと解するのが相当である。

また、前掲甲第9号証によれば、引用例2には「第4図はトラック上の信号の記録部分を拡大的に示したものである。トラック101、102、103上には1001、1002、1003のごとく、たとえば表面の凹凸の形で記録されている。」(2頁右上欄4行ないし8行)と記載され、別紙図面Cの第4図には、トラック101等と同一の幅の記録部分1001が図示されていることが認められる。

したがって、引用例2には「トラッキング信号部分3001と3002はトラックの中心に対して対称な同一大きさであって、該トラッキング信号部分の幅は、映像信号部分2011、2012の幅と同一であること」が記載されているとした審決の認定に誤りはない。

更に、前掲甲第9号証によれば、引用例2には「映像信号との分離を行うには同期信号が必要である。第12図はその模様を示す。映像信号部分2011、2012、…の間に同期信号部分4011、4012を設ける。」(3頁左上欄20行ないし右上欄3行)と記載され、別紙図面Cの第12図には、映像信号部分2011等と同一の幅の同期信号部分4011等が図示されていることが認められる。

したがって、引用例2には「同期信号部分4011、4012はデータ区域の映像信号部分のトラックの幅と同一であ」ることが記載されているとした審決の認定にも誤りはない。

以上のとおりであるから、「データを記録再生し得る運動媒体において、各トラックの左右両側に位置する、トラッキング信号部分の離散的マークと、トラックの中軸に位置する、制御信号である同期信号部分の離散的マークを同一の幅とすることは、引用例2により公知である」とした審決の認定判断に誤りはなく、したがって、これを論拠とする相違点<1>に係る審決の判断は正当である。

(2)相違点<2>について

原告は、「中軸に位置する離散的マークを1つかたかだか2つとすることは格別の技術的意義を有するものとは認められない」とする審決の判断は誤りである旨主張する。

検討すると、本願第1発明が要旨とする「中軸に位置するマーク」の作用が「タイミングを生起する」等の「選択的に識別可能にする特定のコードを表す」ことであると考えるべきことは、前記のとおりである。したがって、「中軸に位置するマーク」の数は「選択的に識別可能にする特定のコード」の内容によって定まるのであるから、本願第1発明が「中軸に位置するマーク」の数を「1つかたかだか2つ」に限定したことに特別の技術的意義を見出すことはできない。

この点について、原告は、本願第1発明において中軸に位置する離散的マークを「1つかたかだか2つ」とする構成は、すべての離散的マークを同一の幅とし、かつ、偏倚したマークを最大で2つとする要件と相俟って、記録密度を高めてデータ媒体自体を小形化できるとともに、マークを記録する際にレーザ光あるいは光学機器の調整を行わずに済むという効果をもたらす旨主張する。

しかしながら、引用例2記載の発明も中軸に位置するマークを1っとする構成を採用しているのであるから(この点に関する審決の認定は、原告も争っていない。)、「記録密度を高めてデータ媒体自体を小形化できる」という効果は引用例2記載の発明によっても得られると考えることができるし、中軸に位置する離散的マークを「1つかたかだか2つ」とする構成と、マークを記録する際にレーザ光あるいは光学機器の調整を行わずに済むという効果とが一義的に結び付くと考える理由はないから、原告の上記主張は失当である。

第4  よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための期間付加について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、96条2項の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日 平成10年6月16日)。

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 春日民雄 裁判官 宍戸充)

別紙図面A

<省略>

7…プリエッチトラック

70…中軸

71…フラグ

72…ブランクゾーン

別紙図面B

<省略>

21…トラック

23~25…セクタ

210…トラッキング情報

211…アドレス情報

211・214…制御記号

213…信号情報記録エリア

215…ギャップ

別紙図面C

<省略>

10…トラック

20…情報記録部分

30…トラッキング信号記録部

40…同期信号記録部

100…信号記録要素

300…トラッキング信号

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